驍フを感ぜずにはいられなかった。
 だからやがて講義がすんで、机を埋《うず》めていた学生たちがぞろぞろ講堂の外へ流れ出すと、彼は入口の石段の上に足を止めて、後から来る大井と一しょになった。大井は相不変《あいかわらず》ノオト・ブックのはみ出した懐《ふところ》へ、無精《ぶしょう》らしく両手を突込んでいたが、俊助の顔を見るなりにやにや笑い出して、
「どうした。この間の晩の美人たちは健在か。」と、逆に冷評を浴びせかけた。
 二人のまわりには大勢の学生たちが、狭い入口から両側の石段へ、しっきりなく溢《あふ》れ出していた。俊助は苦笑《くしょう》を漏《もら》したまま、大井の言葉には答えないで、ずんずんその石段の一つを下りて行った。そうしてそこに芽を吹いている欅《けやき》の並木の下へ出ると、始めて大井の方を振り返って、
「君は気がつかなかったか、昨夜《ゆうべ》東京駅で遇ったのを。」と、探りの一句を投げこんで見た。

        二十二

「へええ、東京駅で?」
 大井《おおい》は狼狽《ろうばい》したと云うよりも、むしろ決断に迷ったような眼つきをして、狡猾《ずる》そうにちらりと俊助《しゅんすけ》の顔
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