コさん私ばかりいじめるわね。」
「じゃ僕はどうだ。」
 俊助は冗談《じょうだん》のように野村の矢面《やおもて》に立った。
「君もいかん。君は中位《ちゅうぐらい》を以て自任《じにん》出来ない男だ。――いや、君ばかりじゃない。近代の人間と云うやつは、皆中位で満足出来ない連中だ。そこで勢い、主我的《イゴイスティック》になる。主我的《イゴイスティック》になると云う事は、他人ばかり不幸にすると云う事じゃない。自分までも不幸にすると云う事だ。だから用心しなくっちゃいけない。」
「じゃ君は中位派《ちゅうぐらいは》か。」
「勿論さ。さもなけりゃ、とてもこんな泰然としちゃいられはしない。」
 俊助は憫《あわれ》むような眼つきをして、ちらりと野村の顔を見た。
「だがね、主我的《イゴイスティック》になると云う事は、自分ばかり不幸にする事じゃない。他人までも不幸にする事だ。だろう。そうするといくら中位派でも、世の中の人間が主我的《イゴイスティック》だったら、やっぱり不安だろうじゃないか。だから君のように泰然としていられるためには、中位派たる以上に、主我的《イゴイスティック》でない世の中を――でなくとも、先ず主
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