ゥ身の愛の円光に、虹のごとき光彩を与えられていた。若葉も、海も、珊瑚採取も、ことごとくの意味においては、地上の実在を超越した一種の天啓にほかならなかった。従って彼の長い手紙も、その素朴な愛の幸福に同情出来るもののみが、始めて意味を解すべき黙示録《アポカリプス》のようなものだった。
 俊助は微笑と共に、野村の手紙を巻きおさめて、今度は『城』の封を切った。表紙にはビアズリイのタンホイゼルの画が刷《す》ってあって、その上に l'art pour l'art と、細い朱文字《しゅもじ》で入れた銘があった。目次を見ると、藤沢の「鳶色《とびいろ》の薔薇《ばら》」と云う抒情詩的の戯曲を筆頭に、近藤のロップス論とか、花房《はなぶさ》のアナクレオンの飜訳とか、いろいろな表題が行列していた。俊助ははなはだ同情のない眼で、しばらくそれらの表題を見廻していたが、やがて「倦怠《けんたい》」――大井篤夫《おおいあつお》と云う一行の文字にぶつかると、急にさっきの大井の姿が鮮かに記憶に浮んで来たので、早速その小説が載っている巻末の頁をはぐって見た。と、それは三人称でこそ書いてはあるが、実は今夜聞いた大井の告白を、そのま
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