しても、やはり弟は自分のしようとする事をするに違いない。「走れ。羅生門《らしょうもん》は遠くはない。」太郎は、片目に熱を病んだような光を帯びて、半ば無意識に、馬の腹を蹴《け》った。馬は、尾と鬣《たてがみ》とを、長く風になびかせながら、ひづめに火花を散らして、まっしぐらに狂奔する。一町二町月明かりの小路は、太郎の足の下で、急湍《きゅうたん》のように後ろへ流れた。
 するとたちまちまた、彼のくちびるをついて、なつかしいことばが、あふれて来た。「弟」である。肉身の、忘れる事のできない「弟」である。太郎は、かたく手綱《たづな》を握ったまま、血相を変えて歯がみをした。このことばの前には、いっさいの分別が眼底を払って、消えてしまう。弟か沙金《しゃきん》かの、選択をしいられたわけではない。直下《じきげ》にこのことばが電光のごとく彼の心を打ったのである。彼は空も見なかった。道も見なかった。月はなおさら目にはいらなかった。ただ見たのは、限りない夜である。夜に似た愛憎の深みである。太郎は、狂気のごとく、弟の名を口外に投げると、身をのけざまに翻して、片手の手綱《たづな》を、ぐいと引いた。見る見る、馬の頭《か
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