ほかに、何もない。もしその中に一点でも、人なつかしい火がゆらめいて、かすかなものの声が聞こえるとすれば、それは、香の煙のたちこめた大寺《だいじ》の内陣で、金泥《きんでい》も緑青《ろくしょう》も所《ところ》斑《はだら》な、孔雀明王《くじゃくみょおう》の画像を前に、常燈明《じょうとうみょう》の光をたのむ参籠《さんろう》の人々か、さもなくば、四条五条の橋の下で、短夜を芥火《あくたび》の影にぬすむ、こじき法師の群れであろう。あるいはまた、夜な夜な、往来の人をおびやかす朱雀門《すざくもん》の古狐《ふるぎつね》が、瓦《かわら》の上、草の間に、ともすともなくともすという、鬼火のたぐいであるかもしれない。が、そのほかは、北は千本《せんぼん》、南の鳥羽《とば》街道の境《さかい》を尽くして、蚊やりの煙のにおいのする、夜色《やしょく》の底に埋もれながら、河原《かわら》よもぎの葉を動かす、微風もまるで知らないように、沈々としてふけている。
 その時、王城の北、朱雀大路《すざくおおじ》のはずれにある、羅生門《らしょうもん》のほとりには、時ならない弦打ちの音が、さながら蝙蝠《こうもり》の羽音のように、互いに呼びつ
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