らは、おぬしも、畜生じゃぞよ。畜生が畜生を殺す――これは、おもしろかろう。」
涙がかわくに従って、老人はまた、元のように、ふて腐れた悪態《あくたい》をつきながら、しわだらけの人さし指をふり立てた。
「畜生が畜生を殺すのじゃ。さあ殺せ。おぬしは、卑怯者《ひきょうもの》じゃな。ははあ、さっき、わしが阿濃《あこぎ》に薬をくれようとしたら、おぬしが腹を立てたのを見ると、あの阿呆《あほう》をはらませたのも、おぬしらしいぞ。そのおぬしが、畜生でのうて、何が畜生じゃ。」
こう言いながら、老人は、いちはやく、倒れた遣戸《やりど》の向こうへとびのいて、すわと言えば、逃げようとするけはいを示しながら、紫がかった顔じゅうの造作《ぞうさく》を、憎々しくゆがめて見せる。――太郎は、あまりの雑言《ぞうごん》に堪えかねて、立ち上がりながら、太刀《たち》の柄《つか》へ手をかけたが、やめて、くちびるを急に動かすとたちまち相手の顔へ、一塊の痰《たん》をはきかけた。
「おぬしのような畜生には、これがちょうど、相当だわ。」
「畜生呼ばわりは、おいてくれ。沙金《しゃきん》は、おぬしばかりの妻《め》かよ。次郎殿の妻《め》でも
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