つきはしない。――そんな事がわかったら、わたしは――わたしは、仲間に――太郎さんに殺されてしまうじゃないの。」
 その切れ切れなことばと共に、次郎の心には、おのずから絶望的な勇気が、わいてくる。血の色を失った彼は、黙って、土にひざをつきながら、冷たい両手に堅く、沙金《しゃきん》の手をとらえた。
 彼らは二人とも、その握りあう手のうちに、恐ろしい承諾の意を感じたのである。

       五

 白い布をかかげて、家の中に一足ふみこんだ太郎は、意外な光景に驚かされた。――
 見ると、広くもない部屋《へや》の中には、廚《くりや》へ通う遣戸《やりど》が一枚、斜めに網代屏風《あじろびょうぶ》の上へ、倒れかかって、その拍子にひっくり返ったものであろう、蚊やりをたく土器《かわらけ》が、二つになってころがりながら、一面にあたりへ、燃え残った青松葉を、灰といっしょにふりまいている。その灰を頭から浴びて、ちぢれ髪の、色の悪い、肥《ふと》った、十六七の下衆女《げすおんな》が一人、これも酒肥《さかぶと》りに肥《ふと》った、はげ頭の老人に、髪の毛をつかまれながら、怪しげな麻の単衣《ひとえ》の、前もあらわに取り
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