次郎の右の手に、さわりながら、
「あなたのためにしたの。」
「どうして?」
こう言いながら、次郎の心には、恐ろしいあるものが感じられた。まさか――
「まだわからない? そう言っておいて、太郎さんに、馬を盗む事を頼めば――ね。いくらなんだって、一人じゃかなわないでしょう。いえさ、ほかのものが加勢をしたって、知れたものだわ。そうすれば、あなたもわたしも、いいじゃないの。」
次郎は、全身に水を浴びせられたような心もちがした。
「兄きを殺す!」
沙金《しゃきん》は、扇をもてあそびながら、素直にうなずいた。
「殺しちゃ悪い?」
「悪いよりも――兄きを罠《わな》にかけて――」
「じゃあなた殺せて?」
次郎は、沙金の目が、野猫《のねこ》のように鋭く、自分を見つめているのを感じた。そうして、その目の中に、恐ろしい力があって、それが次第に自分の意志を、麻痺《まひ》させようとするのを感じた。
「しかし、それは卑怯《ひきょう》だ。」
「卑怯でも、しかたがなくはない?」
沙金《しゃきん》は、扇をすてて、静かに両手で、次郎の右の手をとらえながら、追窮した。
「それも、兄き一人やるのならいいが、仲間を皆
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