自分は兄に対しても、嫉妬《しっと》をする。すまないとは思いながら、嫉妬をする。してみると、兄と自分との恋は、まるでちがう考えが、元になっているのではあるまいか。そうしてそのちがいが、よけい二人の仲を、悪くするのではあるまいか。………
 次郎は、ぼんやり往来をながめながら、こんな事をしみじみと考えた。すると、ちょうどその時である。突然、けたたましい笑い声が、まばゆい日の光を動かして、往来のどちらかから聞こえて来た。と思うと、かん高《だか》い女の声が、舌のまわらない男の声といっしょになって、人もなげに、みだらな冗談を言いかわして来る。次郎は、思わず扇を腰にさして、立ち上がった。
 が、柱の下をはなれて、まだ石段へ足をおろすかおろさないうちに、小路《こうじ》を南へ歩いて来た二人の男女《なんにょ》が、彼の前を通りかかった。
 男は、樺桜《かばざくら》の直垂《ひたたれ》に梨打《なしうち》の烏帽子《えぼし》をかけて、打ち出しの太刀《たち》を濶達《かったつ》に佩《は》いた、三十ばかりの年配で、どうやら酒に酔っているらしい。女は、白地にうす紫の模様のある衣《きぬ》を着て、市女笠《いちめがさ》に被衣《か
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