です」と言われれば、養父をにくむ気にはなっても、沙金をにくむ気には、どうしてもなれない。そこで、おれと養父とは、きょうがきょうまで、互いににらみ合いながら、何事もなくすぎて来た。もしあのおじじにもう少し、勇気があったなら、――いや、おれにもう少し、勇気があったなら、おれたちはとうの昔、どちらか死んでいた事であろう。……)

 頭を上げると、太郎はいつか二条を折れて、耳敏川《みみとがわ》にまたがっている、小さい橋にかかっていた。水のかれた川は、細いながらも、焼《や》き太刀《だち》のように、日を反射して、絶えてはつづく葉柳《はやなぎ》と家々との間に、かすかなせせらぎの音を立てている。その川のはるか下に、黒いものが二つ三つ、鵜《う》の鳥かと思うように、流れの光を乱しているのは、おおかた町の子供たちが、水でも浴びているのであろう。
 太郎の心には、一瞬の間、幼かった昔の記憶が、――弟といっしょに、五条の橋の下で、鮠《はえ》を釣《つ》った昔の記憶が、この炎天に通う微風のように、かなしく、なつかしく、返って来た。が、彼も弟も、今は昔の彼らではない。
 太郎は、橋を渡りながら、うすいあばたのある顔に
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