ているわね。」
「それは、あの事があるからさ。」
「あったって、お前さんの悪口は、言わないじゃないか。」
「じゃおおかた、わたしは子供扱いにされているんだろう。」
 二人は、こんな閑談をかわしながら、狭い往来をぶらぶら歩いて行った。歩くごとに、京の町の荒廃は、いよいよ、まのあたりに開けて来る。家と家との間に、草いきれを立てている蓬原《よもぎはら》、そのところどころに続いている古築土《ふるついじ》、それから、昔のまま、わずかに残っている松や柳――どれを見ても、かすかに漂う死人《しびと》のにおいと共に、滅びてゆくこの大きな町を、思わせないものはない。途中では、ただ一人、手に足駄《あしだ》をはいている、いざりのこじきに行《ゆ》きちがった。――
「だが、次郎さん、お気をつけよ。」
 猪熊《いのくま》のばばは、ふと太郎の顔を思い浮かべたので、ひとり苦笑を浮かべながら、こう言った。
「娘の事じゃ、ずいぶんにいさんも、夢中になりかねないからね。」
 が、これは、次郎の心に、思ったよりも大きな影響を与えたらしい。彼は、ひいでた眉《まゆ》の間を、にわかに曇らせながら、不快らしく目を伏せた。
「そりゃわた
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