を見た。さっき、犬が食いかかったというのは、これであろう。――破れ畳の上から、往来の砂の中へ、斜めにのばした二の腕には、水気《すいき》を持った、土け色の皮膚に、鋭い齒の跡が三《み》つ四《よ》つ、紫がかって残っている。が、女は、じっと目をつぶったなり、息さえ通《かよ》っているかどうかわからない。老婆は、再び、はげしい嫌悪《けんお》の感に、面《おもて》を打たれるような心もちがした。
「いったい、生きているのかえ。それとも、死んでいるのかえ。」
「どうだかね。」
「気らくだよ、この人は。死んだものなら、犬が食ったって、いいじゃないか。」
 老婆は、こう言うと、蛙股《かえるまた》の杖《つえ》をのべて、遠くから、ぐいと女の頭を突いてみた。頭はまくらの石をはずれて、砂に髪をひきながら、たわいなく畳の上へぐたりとなる。が、病人は、依然として、目をつぶったまま、顔の筋肉一つ動かさない。
「そんな事をしたって、だめだよ。さっきなんぞは、犬に食いつかれてさえ、やっぱりじっとしていたんだから。」
「それじゃ、死んでいるのさ。」
 次郎は、三たび白い齒を見せて、笑った。
「死んでいたって、犬に食わせるのは、ひ
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