答えつして、あるいは一人、あるいは三人、あるいは五人、あるいは八人、怪しげないでたちをしたものの姿が、次第にどこからか、つどって来た。おぼつかない星明かりに透かして見れば、太刀《たち》をはくもの、矢を負うもの、斧《おの》を執るもの、戟《ほこ》を持つもの、皆それぞれ、得物《えもの》に身を固めて、脛布《はばき》藁沓《わろうず》の装いもかいがいしく、門の前に渡した石橋へ、むらむらと集まって、列を作る――と、まっさきには、太郎がいた。それにつづいて、さっきの争いも忘れたように、猪熊《いのくま》の爺《おじ》が、物々しく鉾《ほこ》の先を、きらりと暗《やみ》にひらめかせる。続いて、次郎、猪熊《いのくま》のばば、少し離れて、阿濃《あこぎ》もいる。それにかこまれて、沙金《しゃきん》は一人、黒い水干《すいかん》に太刀《たち》をはいて、胡※[#「竹かんむり/祿」、第3水準1−89−76]《やなぐい》を背に弓杖《ゆんづえ》をつきながら、一同を見渡して、あでやかな口を開いた。――
「いいかい。今夜の仕事は、いつもより手ごわい相手なんだからね。みなそのつもりで、いておくれ。さしずめ十五六人は、太郎さんといっしょに、裏から、あとはわたしといっしょに、表からはいってもらおう。中でも目ぼしいのは、裏の厩《うまや》にいる陸奥出《みちのくで》の馬だがね。これは、太郎さん、あなたに頼んでおくわ。よくって。」
 太郎は、黙って星を見ていたが、これを聞くと、くちびるをゆがめながら、うなずいた。
「それから断わっておくが、女子供を質になんぞとっては、いけないよ。あとの始末がめんどうだからね。じゃ、人数《にんず》がそろったら、そろそろ出かけよう。」
 こう言って、沙金は弓をあげて、一同をさしまねいたが、しょんぼり、指をかんで立っている、阿濃を顧みると、またやさしくことばを添えた。
「じゃ、お前はここで、待っていておくれ。一刻《いっとき》か二刻《ふたとき》で、皆帰ってくるからね。」
 阿濃は、子供のように、うっとり沙金の顔を見て、静かに合点《がてん》した。
「されば、行《ゆ》こう。ぬかるまいぞ、多襄丸《たじょうまる》。」
 猪熊《いのくま》の爺《おじ》は、戟《ほこ》をたばさみながら、隣にいる仲間をふり返った。蘇芳染《すおうぞめ》の水干《すいかん》を着た相手は、太刀《たち》のつばを鳴らして、「ふふん」と言ったまま、答えない。そのかわりに、斧《おの》をかついだ、青ひげのさわやかな男が、横あいから、口を出した。
「おぬしこそ、また影法師なぞにおびえまいぞ。」
 これと共に、二十三人の盗人どもは、ひとしく忍び笑いをもらしながら、沙金《しゃきん》を中に、雨雲のむらがるごとく、一団の殺気をこめて、朱雀大路《すざくおおじ》へ押し出すと、みぞをあふれた泥水《どろみず》が、くぼ地くぼ地へ引かれるようにやみにまぎれて、どこへ行ったか、たちまちのうちに、見えなくなった。……
 あとには、ただ、いつか月しろのした、うす明るい空にそむいて、羅生門《らしょうもん》の高い甍《いらか》が、寂然《せきぜん》と大路を見おろしているばかり、またしてもほととぎすの、声がおちこちに断続して、今まで七丈五級の大石段に、たたずんでいた阿濃《あこぎ》の姿も、どこへ行ったか、見えなくなった。――が、まもなく、門上の楼に、おぼつかない灯《ひ》がともって、窓が一つ、かたりとあくと、その窓から、遠い月の出をながめている、小さな女の顔が出た。阿濃は、こうして、次第に明るくなってゆく京の町を、目の下に見おろしながら、胎児の動くのを感じるごとに、ひとりうれしそうに、ほほえんでいるのである。

       七

 次郎は、二人の侍と三頭の犬とを相手にして、血にまみれた太刀《たち》をふるいながら、小路《こうじ》を南へ二三町、下るともなく下って来た。今は沙金《しゃきん》の安否を気づかっている余裕もない。侍は衆をたのんで、すきまもなく切りかける。犬も毛の逆立った背をそびやかして、前後をきらわず、飛びかかった。おりからの月の光に、往来は、ほのかながら、打つ太刀をたがわせないほどに、明るくなっている。――次郎は、その中で、人と犬とに四方を囲まれながら、必死になって、切りむすんだ。
 相手を殺すか、相手に殺されるか、二つに一つより生きる道はない。彼の心には、こういう覚悟と共に、ほとんど常軌を逸した、凶猛な勇気が、刻々に力を増して来た。相手の太刀を受け止めて、それを向こうへ切り返しながら、足もとを襲おうとする犬を、とっさに横へかわしてしまう。――彼は、この働きをほとんど同時にした。そればかりではない。どうかするとその拍子に切り返した太刀を、逆にまわして、後ろから来る犬の牙《きば》を、防がなければならない事さえある。それでもさすがにいつか傷をうけたので
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