J《むし》ろ地上に遍満した我我の愚昧《ぐまい》に依つたのである。哂ふべき、――しかし壮厳な我我の愚昧に依つたのである。
修身
道徳は便宜の異名である。「左側通行」と似たものである。
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道徳の与へたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与へる損害は完全なる良心の麻痺《まひ》である。
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妄《みだり》に道徳に反するものは経済の念に乏しいものである。妄に道徳に屈するものは臆病ものか怠けものである。
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我我を支配する道徳は資本主義に毒された封建時代の道徳である。我我は殆《ほとん》ど損害の外に、何の恩恵にも浴してゐない。
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強者は道徳を蹂躙《じうりん》するであらう。弱者は又道徳に愛撫されるであらう。道徳の迫害を受けるものは常に強弱の中間者である。
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道徳は常に古着である。
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良心は我我の口髭のやうに年齢と共に生ずるものではない。我我は良心を得る為にも若干の訓練を要するのである。
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一国民の九割強は一生良心を持たぬものである。
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