る。中学程度の教科書に便利であることは認めるにもしろ。

   徴候

 恋愛の徴候の一つは彼女は過去に何人の男を愛したか、或はどう言う男を愛したかを考え、その架空の何人かに漠然とした嫉妬《しっと》を感ずることである。

   又

 又恋愛の徴候の一つは彼女に似た顔を発見することに極度に鋭敏になることである。

   恋愛と死と

 恋愛の死を想わせるのは進化論的根拠を持っているのかも知れない。蜘蛛《くも》や蜂は交尾を終ると、忽《たちま》ち雄は雌の為に刺し殺されてしまうのである。わたしは伊太利《イタリア》の旅役者の歌劇「カルメン」を演ずるのを見た時、どうもカルメンの一挙一動に蜂を感じてならなかった。

   身代り

 我我は彼女を愛する為に往々彼女の外の女人を彼女の身代りにするものである。こう言う羽目に陥るのは必《かならず》しも彼女の我我を却《しりぞ》けた場合に限る訣《わけ》ではない。我我は時には怯懦《きょうだ》の為に、時には又美的要求の為にこの残酷な慰安の相手に一人の女人を使い兼ねぬのである。

   結婚

 結婚は性慾を調節することには有効である。が、恋愛を調節することには有
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