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 道徳は常に古着である。
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 良心は我我の口髭《くちひげ》のように年齢と共に生ずるものではない。我我は良心を得る為にも若干の訓練を要するのである。
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 一国民の九割強は一生良心を持たぬものである。
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 我我の悲劇は年少の為、或は訓練の足りない為、まだ良心を捉《とら》え得ぬ前に、破廉恥漢の非難を受けることである。
 我我の喜劇は年少の為、或は訓練の足りない為、破廉恥漢の非難を受けた後に、やっと良心を捉えることである。
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 良心とは厳粛なる趣味である。
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 良心は道徳を造るかも知れぬ。しかし道徳は未《いま》だ甞《かつ》て、良心の良の字も造ったことはない。
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 良心もあらゆる趣味のように、病的なる愛好者を持っている。そう云う愛好者は十中八九、聡明《そうめい》なる貴族か富豪かである。

   好悪

 わたしは古い酒を愛するように、古い快楽説を愛するものである。我我の行為を決するものは善でもなければ悪でもない。唯《ただ》我我の好悪である。或は我我の快不快である。そうとしかわたしには考えられない。
 ではなぜ我我は極寒の天
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