今人を罵るよりも確かに当り障りのなかった為である。

   若楓

 若楓《わかかえで》は幹に手をやっただけでも、もう梢《こずえ》に簇《むらが》った芽を神経のように震わせている。植物と言うものの気味の悪さ!

   蟇

 最も美しい石竹色《せきちくいろ》は確かに蟇《ひきがえる》の舌の色である。

   鴉

 わたしは或|雪霽《ゆきばれ》の薄暮、隣の屋根に止まっていた、まっ青な鴉《からす》を見たことがある。

   作家

 文を作るのに欠くべからざるものは何よりも創作的情熱である。その又創作的情熱を燃え立たせるのに欠くべからざるものは何よりも或程度の健康である。瑞典《スエーデン》式体操、菜食主義、複方ジアスタアゼ等を軽んずるのは文を作らんとするものの志ではない。

   又

 文を作らんとするものは如何なる都会人であるにしても、その魂の奥底には野蛮人を一人持っていなければならぬ。

   又

 文を作らんとするものの彼自身を恥ずるのは罪悪である。彼自身を恥ずる心の上には如何なる独創の芽も生えたことはない。

   又

 百足《むかで》 ちっとは足でも歩いて見ろ。
 蝶 ふん、ちっとは羽根でも飛んで見ろ。

   又

 気韻は作家の後頭部である。作家自身には見えるものではない。若《も》し又無理に見ようとすれば、頸《くび》の骨を折るのに了《おわ》るだけであろう。

   又

 批評家 君は勤め人の生活しか書けないね?
 作家 誰か何でも書けた人がいたかね?

   又

 あらゆる古来の天才は、我我凡人の手のとどかない壁上の釘《くぎ》に帽子をかけている。尤《もっと》も踏み台はなかった訣《わけ》ではない。

   又

 しかしああ言う踏み台だけはどこの古道具屋にも転がっている。

   又

 あらゆる作家は一面には指物師《さしものし》の面目を具《そな》えている。が、それは恥辱ではない。あらゆる指物師も一面には作家の面目を具えている。

   又

 のみならず又あらゆる作家は一面には店を開いている。何、わたしは作品は売らない? それは君、買い手のない時にはね。或は売らずとも好い時にはね。

   又

 俳優や歌手の幸福は彼等の作品ののこらぬことである。――と思うこともない訣ではない。


侏儒の言葉(遺稿)


   弁護

 他人を弁護するよりも自己を弁護するのは困難である。疑うものは弁護士を見よ。

   女人

 健全なる理性は命令している。――「爾《なんじ》、女人を近づくる勿《なか》れ。」
 しかし健全なる本能は全然反対に命令している。――「爾、女人を避くる勿れ。」

   又

 女人は我我男子には正に人生そのものである。即ち諸悪の根源である。

   理性

 わたしはヴォルテェルを軽蔑《けいべつ》している。若し理性に終始するとすれば、我我は我我の存在に満腔《まんこう》の呪咀《じゅそ》を加えなければならぬ。しかし世界の賞讃《しょうさん》に酔った Candide の作者の幸福さは!

   自然

 我我の自然を愛する所以《ゆえん》は、――少くともその所以の一つは自然は我我人間のように妬《ねた》んだり欺いたりしないからである。

   処世術

 最も賢い処世術は社会的因襲を軽蔑しながら、しかも社会的因襲と矛盾せぬ生活をすることである。

   女人崇拝

「永遠に女性なるもの」を崇拝したゲエテは確かに仕合せものの一人だった。が、Yahoo の牝《めす》を軽蔑したスウィフトは狂死せずにはいなかったのである。これは女性の呪《のろ》いであろうか? 或は又理性の呪いであろうか?

   理性

 理性のわたしに教えたものは畢竟《ひっきょう》理性の無力だった。

   運命

 運命は偶然よりも必然である。「運命は性格の中にある」と云う言葉は決して等閑に生まれたものではない。

   教授

 若し医家の用語を借りれば、苟《いやし》くも文芸を講ずるには臨床的でなければならぬ筈《はず》である。しかも彼等は未《いま》だ嘗《かつ》て人生の脈搏《みゃくはく》に触れたことはない。殊に彼等の或るものは英仏の文芸には通じても彼等を生んだ祖国の文芸には通じていないと称している。

   知徳合一

 我我は我我自身さえ知らない。況《いわん》や我我の知ったことを行に移すのは困難[#「困難」は底本では「因難」]である。「知慧《ちえ》と運命」を書いたメエテルリンクも知慧や運命を知らなかった。

   芸術

 最も困難[#「困難」は底本では「因難」]な芸術は自由に人生を送ることである。尤《もっと》も「自由に」と云う意味は必ずしも厚顔にと云う意味ではない。

   自由思想家

 自由思想家の弱点は自由思想家であることである。彼は到底
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