この石河岸へ呼び寄せたと云う次第なのです。
 ではどう云う訣《わけ》でお島婆さんが、それほどお敏と新蔵との恋の邪魔をするかと云いますと、この春頃から相場の高低を見て貰いに来るある株屋が、お敏の美しいのに目をつけて、大金を餌にあの婆を釣った結果、妾《めかけ》にする約束をさせたのだそうです。が、それだけなら、ともかくも金で埓《らち》の開く事ですが、ここにもう一つ不思議な故障があるのは、お敏を手離すと、あの婆が加持も占も出来なくなる。――と云うのは、お島婆さんがいざ仕事にとりかかるとなると、まずその婆娑羅の大神をお敏の体に祈り下して、神憑《かみがか》りになったお敏の口から、一々差図を仰ぐのだそうです。これは何もそうしなくとも、あの婆自身が神憑りになったらよさそうに思われますが、そう云う夢とも現《うつつ》ともつかない恍惚《こうこつ》の境にはいったものは、その間こそ人の知らない世界の消息にも通じるものの、醒めたが最後、その間の事はすっかり忘れてしまいますから、仕方がなくお敏に神を下して、その言葉を聞くのだとか云う事でした。こう云う事情がある以上、あの婆がお敏を手離さないのも、まずもっともと云わな
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