。彼は急に十字を切る。それからほっとした表情を浮かべる。

   17[#「17」は縦中横]

 尻っ尾の長い猿が二匹一本の蝋燭の下に蹲《うずくま》っている。どちらも顔をしかめながら。

   18[#「18」は縦中横]

 前の洞穴の内部。「さん・せばすちあん」はもう一度十字架の前に祈っている。そこへ大きい梟《ふくろう》が一羽さっとどこからか舞い下って来ると、一|煽《あお》ぎに蝋燭の火を消してしまう。が、一すじの月の光だけはかすかに十字架を照らしている。

   19[#「19」は縦中横]

 岩の壁の上に懸けた十字架。十字架は又十字の格子《こうし》を嵌《は》めた長方形の窓に変りはじめる。長方形の窓の外は茅葺《かやぶ》きの家が一つある風景。家のまわりには誰もいない。そのうちに家はおのずから窓の前へ近よりはじめる。同時に又家の内部も見えはじめる。そこには「さん・せばすちあん」に似た婆さんが一人片手に糸車をまわしながら、片手に実のなった桜の枝を持ち、二三歳の子供を遊ばせている。子供も亦彼の子に違いない。が、家の内部は勿論、彼等もやはり霧のように長方形の窓を突きぬけてしまう。今度見えるのは
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