船を眺めている。が、やがて両手を挙げ、顔中に喜びを漲《みなぎ》らせる。すると猿がもう一匹いつか同じ枝の上にゆらりと腰をおろしている。二匹の猿は手真似《てまね》をしながら、暫く何か話しつづける。それから後に来た猿は長い尻っ尾を枝にまきつけ、ぶらりと宙に下ったまま、樟の木の枝や葉に遮られた向うを目の上に手をやって眺めはじめる。

   10[#「10」は縦中横]

 前の洞穴の外部。芭蕉や竹の茂った外には何もそこに動いていない。そのうちにだんだん日の暮になる。すると洞穴の中から蝙蝠《こうもり》が一匹ひらひらと空へ舞い上って行く。

   11[#「11」は縦中横]

 この洞穴の内部。「さん・せばすちあん」がたった一人岩の壁の上に懸けた十字架の前に祈っている。「さん・せばすちあん」は黒い法服を着た、四十に近い日本人。火をともした一本の蝋燭《ろうそく》は机だの水瓶《みずがめ》だのを照らしている。

   12[#「12」は縦中横]

 蝋燭の火《ほ》かげの落ちた岩の壁。そこには勿論《もちろん》はっきりと「さん・せばすちあん」の横顔も映っている。その横顔の頸《くび》すじを尻っ尾の長い猿の影が一
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