ん」は船長のあとからすごすごそこへ帰って来る。船長はちょっと立ちどまり、丁度|金《かね》の輪《わ》でもはずすように「さん・せばすちあん」の円光をとってしまう。それから彼等は樟《くす》の木の下にもう一度何か話しはじめる。みちの上に落ちた円光は徐ろに大きい懐中時計になる。時刻は二時三十分。

   44[#「44」は縦中横]

 この山みちのうねったあたり。但し今度は木や岩は勿論《もちろん》、山みちに立った彼等自身も斜めに上から見おろしている。月の光の中の風景はいつか無数の男女に満ちた近代のカッフェに変ってしまう。彼等の後は楽器の森。尤《もっと》もまん中に立った彼等を始め、何《なに》も彼《か》も鱗《うろこ》のように細かい。

   45[#「45」は縦中横]

 このカッフェの内部。「さん・せばすちあん」は大勢の踊り子達にとり囲まれたまま、当惑そうにあたりを眺めている。そこへ時々降って来る花束。踊り子達は彼に酒をすすめたり、彼の頸《くび》にぶら下ったりする。が、顔をしかめた彼はどうすることも出来ないらしい。紅毛人の船長はこう云う彼の真後ろに立ち、不相変《あいかわらず》冷笑を浮べた顔を丁度半
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