横]

 前の山みち。月の光の落ちた山みちは黒いテエブルに変ってしまう。テエブルの上にはトランプが一組。そこへ男の手が二つ現れ、静かにトランプを切った上、左右へ札を配りはじめる。

   23[#「23」は縦中横]

 前の洞穴の内部。「さん・せばすちあん」は頭を垂れ、洞穴の中を歩いている。すると彼の頭の上へ円光が一つかがやきはじめる。同時に又洞穴の中も徐《おもむ》ろに明るくなりはじめる。彼はふとこの奇蹟《きせき》に気がつき、洞穴のまん中に足を止める。始めは驚きの表情。それから徐ろに喜びの表情。彼は十字架の前にひれ伏し、もう一度熱心に祈りを捧げる。

   24[#「24」は縦中横]

「さん・せばすちあん」の右の耳。耳たぶの中には樹木が一本累々と円い実をみのらせている。耳の穴の中は花の咲いた草原《くさはら》。草は皆そよ風に動いている。

   25[#「25」は縦中横]

 前の洞穴の内部。但し今度は外部に面している。円光を頂いた「さん・せばすちあん」は十字架の前から立ち上り、静かに洞穴の外へ歩いて行く。彼の姿の見えなくなった後、十字架はおのずから岩の上へ落ちる。同時に又|水瓶《みずがめ》の中から猿が一匹|躍《おど》り出し、怖《こ》わ怖《ご》わ十字架に近づこうとする。それからすぐに又もう一匹。

   26[#「26」は縦中横]

 この洞穴の外部。「さん・せばすちあん」は月の光の中に次第にこちらへ歩いて来る。彼の影は左には勿論《もちろん》、右にももう一つ落ちている。しかもその又右の影は鍔《つば》の広い帽子をかぶり、長いマントルをまとっている。彼はその上半身に殆《ほとん》ど洞穴の外を塞《ふさ》いだ時、ちょっと立ち止まって空を見上げる。

   27[#「27」は縦中横]

 星ばかり点々とかがやいた空。突然大きい分度器が一つ上から大股《おおまた》に下って来る。それは次第に下るのに従い、やはり次第に股を縮め、とうとう両脚を揃《そろ》えたと思うと、徐ろに霞《かす》んで消えてしまう。

   28[#「28」は縦中横]

 広い暗《やみ》の中に懸った幾つかの太陽。それ等の太陽のまわりには地球が又幾つもまわっている。

   29[#「29」は縦中横]

 前の山みち。円光を頂いた「さん・せばすちあん」は二つの影を落したまま、静かに山みちを下って来る。それから樟《くす》の
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