人像は一面に埃《ほこり》におおわれたまま、ストオヴの前に横になっていた。
「するとその肺病患者は慰《なぐさ》みに彫刻でもやっていたのかね。」
「これもやっぱり園芸用のものだよ。頭へ蘭《らん》などを植えるものでね。……あの机やストオヴもそうだよ。この納屋は窓も硝子《ガラス》になっているから、温室の代りに使っていたんだろう。」
 T君の言葉はもっともだった。現にその小さい机の上には蘭科植物《らんかしょくぶつ》を植えるのに使うコルク板の破片も載せてあった。
「おや、あの机の脚の下にヴィクトリア月経帯《げっけいたい》の缶もころがっている。」
「あれは細君の……さあ、女中のかも知れないよ。」
 Sさんは、ちょっと苦笑《くしょう》して言った。
「じゃこれだけは確実だね。――この別荘の主人は肺病になって、それから園芸を楽しんでいて、……」
「それから去年あたり死んだんだろう。」
 僕等はまた松の中を「悠々荘」の玄関へ引き返した。花芒《はなすすき》はいつか風立っていた。
「僕等の住むには広過ぎるが、――しかしとにかく好《い》い家《うち》だね。……」
 T君は階段を上《あが》りながら、独言《ひとりごと》
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