かしT君は腰をかがめ、芝の上の土を拾いながら、もう一度僕の言葉に反対した。
「これは壁土の落ちたのじゃない。園芸用《えんげいよう》の腐蝕土《ふしょくど》だよ。しかも上等な腐蝕土だよ。」
僕等はいつか窓かけを下《おろ》した硝子窓の前に佇《たたず》んでいた。窓かけは、もちろん蝋引《ろうびき》だった。
「家《うち》の中は見えないかね。」
僕等はそんなことを話しながら、幾つかの硝子窓を覗《のぞ》いて歩いた。窓かけはどれも厳重に「悠々荘」の内部を隠していた。が、ちょうど南に向いた硝子窓の框《かまち》の上には薬壜《くすりびん》が二本並んでいた。
「ははあ、沃度剤《ヨオドざい》を使っていたな。――」
Sさんは僕等をふり返って言った。
「この別荘の主人は肺病患者《はいびょうかんじゃ》だよ。」
僕等は芒《すすき》の穂を出した中を「悠々荘」の後《うし》ろへ廻《まわ》って見た。そこにはもう赤錆《あかさび》のふいた亜鉛葺《とたんぶき》の納屋《なや》が一棟《ひとむね》あった。納屋の中にはストオヴが一つ、西洋風の机が一つ、それから頭や腕のない石膏《せっこう》の女人像《にょにんぞう》が一つあった。殊にその女
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