へん+丑」、第4水準2−12−93]《よじ》って、憎々《にくにく》しげにふり返りますと、まるで法論でもしかけそうな勢いで、『それとも竜が天上すると申す、しかとした証拠がござるかな。』と問い詰《つめ》るのでございます。そこで恵印はわざと悠々と、もう朝日の光がさし始めた池の方を指さしまして、『愚僧の申す事が疑わしければ、あの采女柳《うねめやなぎ》の前にある高札《こうさつ》を読まれたがよろしゅうござろう。』と、見下《みくだ》すように答えました。これにはさすがに片意地な恵門も、少しは鋒《ほこさき》を挫かれたのか、眩《まぶ》しそうな瞬《またた》きを一つすると、『ははあ、そのような高札《こうさつ》が建ちましたか。』と気のない声で云い捨てながら、またてくてくと歩き出しましたが、今度は鉢の開いた頭を傾けて、何やら考えて行くらしいのでございます。その後姿を見送った鼻蔵人《はなくろうど》の可笑《おか》しさは、大抵御推察が参りましょう。恵印《えいん》はどうやら赤鼻の奥がむず痒《がゆ》いような心もちがして、しかつめらしく南大門《なんだいもん》の石段を上って行く中にも、思わず吹き出さずには居られませんでした。
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