たい事があって、わざと、この宇治の亭へ足を止めて貰うたのじゃ。と申すはこの頃ふとここへ参って、予も人並に双紙《そうし》を一つ綴ろうと思い立ったが、つらつら独り考えて見れば、生憎《あいにく》予はこれと云うて、筆にするほどの話も知らぬ。さりながらあだ面倒な趣向などを凝らすのも、予のような怠けものには、何より億劫千万《おっくうせんばん》じゃ。ついては今日から往来のその方どもに、今は昔の物語を一つずつ聞かせて貰うて、それを双紙に編みなそうと思う。さすれば内裡《だいり》の内外《うちそと》ばかりうろついて居《お》る予などには、思いもよらぬ逸事《いつじ》奇聞が、舟にも載せ車にも積むほど、四方から集って参るに相違あるまい。何と、皆のもの、迷惑ながらこの所望を叶《かな》えてくれる訳には行くまいか。
「何、叶えてくれる? それは重畳《ちょうじょう》、では早速一同の話を順々にこれで聞くと致そう。
「こりゃ童部《わらんべ》たち、一座へ風が通うように、その大団扇で煽《あお》いでくれい。それで少しは涼しくもなろうと申すものじゃ。鋳物師《いもじ》も陶器造《すえものつくり》も遠慮は入らぬ。二人ともずっとこの机のほとり
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