の屍骸と、着物《きもの》を着た屍骸とがあると云ふ事である。勿論《もちろん》、中には女も男もまじつてゐるらしい。さうして、その屍骸は皆、それが、甞、生きてゐた人間だと云ふ事實《じゞつ》さへ疑はれる程、土を捏ねて造つた人形《にんぎやう》のやうに、口を開《あ》いたり手を延ばしたりしてごろごろ床《ゆか》の上にころがつてゐた。しかも、肩とか胸《むね》とかの高くなつてゐる部分《ぶゞん》に、ぼんやりした火の光をうけて、低くなつてゐる部分の影を一|層《そう》暗《くら》くしながら、永久に唖《おし》の如く默《だま》つていた。
下人は、それらの屍骸の腐爛《ふらん》した臭氣に思はず、鼻《はな》を掩つた。しかし、その手は、次の瞬間《しゆんかん》には、もう鼻を掩ふ事を忘れてゐた。或る強い感情《かんじやう》が、殆悉この男の嗅覺を奪つてしまつたからである。
下人の眼は、その時、はじめて、其《その》屍骸《しがい》の中に蹲つている人間を見た。檜肌色《ひはだいろ》の着物を著た、背の低い、痩せた、白髮頭《しらがあたま》の、猿のやうな老婆である。その老婆は、右の手に火をともした松《まつ》の木片を持つて、その屍骸《しがい》の
前へ
次へ
全17ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング