》をぬらしてゐる。短い鬚《ひげ》の中に、赤く膿を持つた面皰《にきび》のある頬である。下人は、始めから、この上にゐる者は、死人《しにん》ばかりだと高を括つてゐた。それが、梯子《はしご》を二三段上つて見ると、上では誰か火《ひ》をとぼして、しかもその火を其處此處《そこゝこ》と動《うご》かしてゐるらしい。これは、その濁つた、黄いろい光が、隅々《すみ/″\》に蜘蛛の巣をかけた天井裏に、ゆれながら映《うつ》つたので、すぐにそれと知れたのである。この雨の夜に、この羅生門の上で、火をともしてゐるからは、どうせ唯の者ではない。
下人は、守宮《やもり》のやうに足音をぬすんで、やつと急《きふ》な梯子を、一番上の段まで這ふやうにして上りつめた。さうして體《からだ》を出來る丈、平にしながら、頸《くび》を出來る丈、前へ出して、恐《おそ》る恐る、樓の内を覗《のぞ》いて見た。
見ると、樓の内には、噂《うはさ》に聞いた通り、幾つかの屍骸《しがい》が、無造作《むざうさ》に棄てゝあるが、火の光の及ぶ範圍《はんゐ》が、思つたより狹いので、數《かず》は幾つともわからない。唯、おぼろげながら、知れるのは、その中に裸《はだか》
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