慮なく、吹きぬける。丹塗《にぬり》の柱にとまつてゐた蟋蟀《きり/″\す》も、もうどこかへ行つてしまつた。
下人は、頸をちゞめながら、山吹の汗衫《かざみ》に重ねた、紺の襖の肩を高《たか》くして門のまはりを見まはした。雨風《あめかぜ》の患のない、人目にかゝる惧のない、一|晩《ばん》樂《らく》にねられさうな所があれば、そこでともかくも、夜《よ》を明《あ》[#ルビの「あ」は底本では「あか」]かさうと思つたからである。すると、幸門の上の樓《ろう》へ上る、幅の廣い、之も丹を塗つた梯子《はしご》が眼についた。上《うへ》なら、人がゐたにしても、どうせ死人《しにん》ばかりである。下人は、そこで腰にさげた聖柄《ひぢりづか》の太刀が鞘走らないやうに氣をつけながら、藁草履《わらざうり》をはいた足を、その梯子の一|番下《ばんした》の段へふみかけた。
それから、何分《なんぷん》かの後である。羅生門の樓の上へ出る、幅《はゞ》の廣い梯子の中段に、一人の男が、猫《ねこ》のやうに身をちゞめて、息《いき》を殺しながら、上の容子《ようす》を窺つてゐた。樓の上からさす火《ひ》の光《ひかり》が、かすかに、その男の右の頬《ほゝ
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