ら、飛びまはつてゐる。殊に門の上の空が、夕燒《ゆふや》けであかくなる時《とき》には、それが胡麻《ごま》をまいたやうにはつきり見えた。鴉《からす》は、勿論、門の上にある死人《しにん》の肉を、啄みに來るのである。――尤も今日は、刻限《こくげん》が遲《おそ》いせいか、一羽も見えない。唯、所々《ところどころ》、崩れかゝつた、さうしてその崩《くづ》れ目に長い草のはへた石段《いしだん》の上に、鴉《からす》の糞《くそ》が、點々と白くこびりついてゐるのが見える。下人《げにん》は七段ある石段の一番上の段《だん》に洗《あら》ひざらした紺《こん》の襖《あを》の尻を据ゑて、右の頬に出來た、大きな面皰《にきび》を氣にしながら、ぼんやり、雨《あめ》のふるのを眺《なが》めてゐるのである。
 作者《さくしや》はさつき、「下人が雨やみを待つてゐた」と書いた。しかし、下人《げにん》は、雨がやんでも格別《かくべつ》どうしようと云ふ當てはない。ふだんなら、勿論《もちろん》、主人の家へ歸る可き筈である。所《ところ》がその主人からは、四五日前に暇《ひま》を出《だ》された。前にも書いたやうに、當時《たうじ》京都《きやうと》の町は一
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