でも噛《か》んでゐるやうに動かした。細い喉で、尖つた喉佛《のどぼとけ》の動いてゐるのが見える。その時、その喉《のど》から、鴉《からす》の啼くやうな聲が、喘ぎ喘ぎ、下人の耳《みゝ》へ傳はつて來た。
「この髮を拔いてな、この女の髮を拔いてな、鬘《かつら》にせうと思うたのぢや。」
 下人は、老婆の答が存外、平凡《へいぼん》なのに失望した。さうして失望《しつばう》すると同時に、又前の憎惡が、冷な侮蔑《ぶべつ》と一しよに、心の中へはいつて來た。すると、その氣色《けしき》が、先方へも通じたのであらう。老婆は、片手《かたて》に、まだ屍骸の頭から奪《と》つた長い拔け毛を持《も》つたなり、蟇《ひき》のつぶやくやうな聲で、口ごもりながら、こんな事を云つた。
 成程、死人の髮《かみ》の毛《け》を拔くと云ふ事は、惡い事かも知《し》れぬ。しかし、かう云ふ死人の多くは、皆、その位な事《こと》を、されてもいゝ人間《にんげん》ばかりである。現に、自分が今、髮《かみ》を拔いた女などは、蛇《へび》を四寸ばかりづゝに切《き》つて干したのを、干魚《ほしうを》だと云つて、太刀帶《たてはき》の陣へ賣りに行つた。疫病にかゝつて死な
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