時々勇敢なことをしたり、或は又言つたりするものの、決して豪放《がうはう》な性格の持ち主ではない。が、諧謔《かいぎやく》的精神は少からず持ち合せてゐる。僕は或時海から上《あが》り、「なんだかインキンたむしになりさうだ」と言つた。すると小穴君は机の上にあつたアルコオルの罎《びん》を渡しながら、「これを睾丸《きんたま》へ塗《ぬ》つて置くと好《い》いや」と勧《すす》めた。僕は小穴君の言葉通りに丁寧《ていねい》に睾丸へアルコオルを塗つた。その時の睾丸の熱くなつたことは火焙《ひあぶ》りにでもなるかと思ふ位だつた。僕は「これは大変だ」と言ひながら、畳の上を転《ころ》げまはつた。小穴君はひとり腹を抱へ、「それは大変だ」などと同情(?)してゐた。僕はそれ以来どんなことがあつても、睾丸にアルコオルは塗らないことにしてゐる。……
小穴君は又|発句《ほつく》を作つてゐる。これも亦《また》決して余技ではない。のみならず小穴君の画《ゑ》と深い血脈《けつみやく》を通《かよ》はせてゐる。僕はやはり発句の上にも少からず小穴君の啓発を受けた。(何《なん》の啓発も受けないものは災《わざは》ひなるかな。同時に又仕合せなるか
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