僕の友だち二三人
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)小穴隆一《をあなりゆういち》君

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)又|発句《ほつく》を

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(例)[#ここから2字下げ]
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 小穴隆一《をあなりゆういち》君(特に「君」の字をつけるのも可笑《をか》しい位である)は僕よりも年少である。が、小穴君の仕事は凡庸《ぼんよう》ではない。若し僕の名も残るとすれば、僕の作品の作者としてよりも小穴君の装幀《さうてい》した本の作者として残るであらう。これは小穴君に媚《こ》びるのではない。世間にへり下《くだ》つて見せるのではなほ更ない。造形美術と文芸との相違を勘定《かんぢやう》に入れて言ふのである。(文芸などと云ふものは、――殊に小説などと云ふものは三百年ばかりたつた後《のち》は滅多《めつた》に通用するものではない。)しかし大地震か大火事かの為に小穴君の画も焼けてしまへば、今度は或は小穴君の名も僕との腐《くさ》れ縁《えん》の為に残るであらう。
 小穴君は神経質に徹してゐる。時々勇敢なことをしたり、或は又言つたりするものの、決して豪放《がうはう》な性格の持ち主ではない。が、諧謔《かいぎやく》的精神は少からず持ち合せてゐる。僕は或時海から上《あが》り、「なんだかインキンたむしになりさうだ」と言つた。すると小穴君は机の上にあつたアルコオルの罎《びん》を渡しながら、「これを睾丸《きんたま》へ塗《ぬ》つて置くと好《い》いや」と勧《すす》めた。僕は小穴君の言葉通りに丁寧《ていねい》に睾丸へアルコオルを塗つた。その時の睾丸の熱くなつたことは火焙《ひあぶ》りにでもなるかと思ふ位だつた。僕は「これは大変だ」と言ひながら、畳の上を転《ころ》げまはつた。小穴君はひとり腹を抱へ、「それは大変だ」などと同情(?)してゐた。僕はそれ以来どんなことがあつても、睾丸にアルコオルは塗らないことにしてゐる。……
 小穴君は又|発句《ほつく》を作つてゐる。これも亦《また》決して余技ではない。のみならず小穴君の画《ゑ》と深い血脈《けつみやく》を通《かよ》はせてゐる。僕はやはり発句の上にも少からず小穴君の啓発を受けた。(何《なん》の啓発も受けないものは災《わざは》ひなるかな。同時に又仕合せなるか
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