忘れられぬ印象
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)伊香保《いかほ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一|人《にん》乗り

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正八年八月)
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 伊香保《いかほ》の事を書けと云ふ命令である。が、遺憾《ゐかん》ながら伊香保へは、高等学校時代に友だちと二人《ふたり》で、赤城山《あかぎさん》と妙義山《めうぎさん》へ登つた序《ついで》に、ちよいと一晩泊つた事があるだけなんだから、麗々《れいれい》しく書いて御眼《おめ》にかける程の事は何もない。第一どんな町で、どんな湯があつたか、それさへもう忘れてしまつた。唯《ただ》、朧《おぼろ》げに覚えてゐるのは、山に蔓《はびこ》る若葉の中を電車でむやみに上《のぼ》つて行つた事だけである。それから何とか云ふ宿屋へとまつたら、隣座敷に立派な紳士が泊り合せてゐて、その人が又非常に湯が好きだつたものだから、あくる日は朝から六度も一しよに風呂へ行つた。さうしたら腹の底からへとへとにくたびれて、廊下を歩くのさへ大儀になつた。け
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