lは、この簡素な舞台を見て非常にいい心もちがした。
「人形には、男と女とあってね、男には、青頭とか、文字兵衛《もじべえ》とか、十内《じゅうない》とか、老僧とか云うのがある。」Kは弁じて倦まない。
「女にもいろいろありますか。」と英吉利人《イギリスじん》が云った。
「女には、朝日とか、照日《てるひ》とかね、それからおきね、悪婆《あくば》なんぞと云うのもあるそうだ。もっとも中で有名なのは、青頭でね。これは、元祖から、今の宗家へ伝来したのだと云うが……」
 生憎《あいにく》、その内に、僕は小用《こよう》に行きたくなった。
 ――厠《かわや》から帰って見ると、もう電燈がついている。そうして、いつの間にか「手摺り」の後《うしろ》には、黒い紗《しゃ》の覆面をした人が一人、人形を持って立っている。
 いよいよ、狂言が始まったのであろう。僕は、会釈《えしゃく》をしながら、ほかの客の間を通って、前に坐っていた所へ来て坐った。Kと日本服を来た英吉利人との間である。
 舞台の人形は、藍色の素袍《すおう》に、立烏帽子《たてえぼし》をかけた大名である。「それがし、いまだ、誇る宝がござらぬによって、世に稀《まれ》
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