トは、――さんも大よろこびだろう。」Kが僕に云った。――さんと云うのは、僕に招待状をくれた人の名である。
「あの人も、やはり人形を使うのかい。」
「うん、一番か二番は、習っているそうだ。」
「今日も使うかしら。」
「いや、使わないだろう。今日は、これでもこの道のお歴々《れきれき》が使うのだから。」
Kは、それから、いろいろ、野呂松人形の話をした。何でも、番組の数は、皆で七十何番とかあって、それに使う人形が二十幾つとかあると云うような事である。自分は、時々、六畳の座敷の正面に出来ている舞台の方を眺めながら、ぼんやりKの説明を聞いていた。
舞台と云うのは、高さ三尺ばかり、幅二間ばかりの金箔《きんぱく》を押した歩衝《ついたて》である。Kの説によると、これを「手摺《てす》り」と称するので、いつでも取壊せるように出来ていると云う。その左右へは、新しい三色緞子《さんしょくどんす》の几帳《きちょう》が下っている。後《うしろ》は、金屏風《きんびょうぶ》をたてまわしたものらしい。うす暗い中に、その歩衝《ついたて》と屏風との金が一重《ひとえ》、燻《いぶ》しをかけたように、重々しく夕闇を破っている。――
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