て哀を請ふ事をなさず。而して彼は世路の曲線的なるにも関らず、常に直線的に急歩せずンば止まず。彼は衝突を辞せざるのみならず、又衝突を以て彼の大なる使命としたり。彼が猫間中納言を辱めたる、平知康を愚弄したる、法住寺殿に弓をひきたる、皆彼が此直線的の行動に拠る所なくンばあらず。水戸の史家が彼を反臣伝中の一人たらしめしが如き、此間の心事を知らざるもの、吾人遂に其余りに近眼なるに失笑せざる能はざる也。彼は身を愛惜せず、彼は燎原の火の如し。彼は己を遮るすべてを焼かずンば止まざる也。すべてを焼かずンば止まざるのみならず、彼自身をも焼かずンば止まざる也。彼が法皇のクーデターを聞くや、彼は「北国の雪をはらうて京へ上りしより一度も敵に後を見せず、仮令十善の君にましますとも甲を脱ぎ弓の弦をはづして降人にはえこそまゐるまじけれ」と絶叫したり。若し兵衛佐頼朝をして此際に処せしめむ乎。彼は如何なる死地に陥るも、法住寺殿の変はなさざりしならむ。頼朝は行はるゝ事の外は行ふことを欲せず。彼は、其実行に関らず、唯其期する所を行はむと欲せし也。是豈彼が一身を顧みざるの所以、彼が革命の使命を帯びたる健児たるの所以、而して頼朝
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