が甘じて反臣伝に録せらるゝをなさざりし所以にあらずや。
彼は彼自身、彼を信ずる事厚かりき。彼は、其信ずる所の前には、天下口を斉うして之に反するも、猶自若として恐れざりき。所謂自反して縮んば千万人と雖も、我往かむの気象は欝勃として彼の胸中に存したりき。さればこそ彼は四郎兼平の諫をも用ひず、法住寺殿に火を放つの暴行を敢てせしなれ。彼の法皇に平ならざるや、彼は「たとへば都の守護してあらむずるものが馬一疋づつ飼ひて乗らざるべきか、幾らともある田ども刈らせて秣にせむをあながちに法皇の咎め給ふべきやうやある」と憤激したり。彼は彼が旗下幾万の北国健児が、京洛に行へる狼藉を寧ろ当然の事と信じたり。
而して此所信の前には怫然として、其不平を法皇に迄及ぼすを憚らざりき。請ふ彼が再次いで鳴らしたる怨言を聞け。「冠者ばらどもが、西山東山の片ほとりにつきて時々入取せむは何かは苦しかるべき。大臣以下、官々の御所へも参らばこそ僻事ならめ」彼は、彼に対するクーデターの理由をかゝる見地を以て判断したり。而して、彼に一点の罪なきを信じたり。既に青天白日、何等の不忠なきを信ず、彼が刀戟介馬法住寺殿を囲みて法皇を驚かせまゐら
前へ 次へ
全70ページ中62ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング