さしむるや、今や七百星霜一夢の間に去りて、義仲寺畔の孤墳、蕭然として独り落暉に対す。知らず、青苔墓下風雲の児、今はた何の処にか目さめむとしつつある。
彼は遂に時勢の児也。欝勃たる革命的精神が、其最も高潮に達したる時代の大なる権化也。破壊的政策は彼が畢生の経綸にして、直情径行は彼が一代の性行なりき。而して同時に又彼は暴虎馮河死して悔いざるの破壊的手腕を有したりき。彼は幽微を聴くの聡と未前を観るの明とに於ては入道相国に譲り、所謂佚道を以て民を使ふ、労すと雖も怨みず、生道を以て民を殺す、死すと雖も怨みざる、治国平天下の打算的手腕に於ては源兵衛佐に譲る。而して彼が寿永革命史上に一頭地を抽く所以のものは、要するに彼は飽く迄も破壊的に無意義なる繩墨と習慣とを蹂躙して顧みざるが故にあらずや。
彼は真に革命の健児也。彼は極めて大胆にして、しかも極めて性急也。彼は手を袖にして春風落花に対するが如く、悠長なる能はず。青山に対して大勢を指算するが如く幽閑なる能はず。炎々たる青雲の念と、勃々たる覇気とは常に火の如く胸腔を炙る。彼は多くの場合に於て他人の喧嘩を買ふを辞せず。如何なる場合に於ても膝をつき頭をたれ
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