いて何等の譎詐なく、何等の矯飾なく、人を愛し天に甘ンじ、悠然として頭顱を源家の呉児に贈るを見る、彼が多くの短所と弱点とを有するに関らず、吾人は唯其愛すべく、敬すべく、慕ふべく、仰ぐべき、真個の英雄児たるに愧ぢざるを想見せずンばあらず。岳鵬挙の幽せらるゝや、背に尽忠報国の大字を黥し、笑つて死を旦夕に待ち、項羽の烏江に戮せらるゝや、亭長に与ふるに愛馬を以てし、故人に授くるに首級を以てし、自若として自ら刎ね、王叔英の燕賊に襲はるゝや、沐浴して衣冠を正し南拝して絶命の辞を書し、泰然として自縊して死せり。彼豈之に恥ぢむや。彼の赤誠は彼の生命也。彼は死に臨ンで猶火の如き赤誠を抱き、火の如き赤誠は遂に彼をして其愛する北陸の健児と共に従容として死せしめたり。是実に死して猶生けるもの、彼の三十一年の生涯は是の如くにして始めて光栄あり、意義あり、雄大あり、生命ありと云ふべし。
かくして此絶大の風雲児が不世出の英魂は、倏忽として天に帰れり。嗚呼青山誰が為にか悠々たる、江水誰が為にか汪々たる。彼の来るや疾風の如く、彼の逝くや朝露の如し。止ぬるかな、止ぬるかな、革命の健児一たび逝きて、遂に豎子をして英雄の名を成
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