を誓ひ、巧辞を以て其歓心を買はむと欲したり。然れども山門は冷然として之に答へざりき。同時に義仲の祐筆にして、しかも革命軍の軍師なりし大夫坊覚明は、延暦寺に牒して之を誘ひ、山門亦之に応じて、明に平氏に対して反抗の旗をひるがへしたり。是、実に平氏が蒙りたる最後の痛撃なりき。山門既に平氏に反く、平氏が、知盛、重衡等をして率ゐしめたる防禦軍が、遂に海潮の如く迫り来る革命軍に対して、殆ど何等の用をもなさざりしも豈宜ならずや。かくの如くにして、革命の激流は一瀉千里、遂に平氏政府を倒滅せしめたり。平氏は是に於て最後の窮策に出で至尊と神器とを擁して西国に走らむと欲したり。竜駕已に赤旗の下にあらば又以て、宣旨院宣を藉りて四海に号令するを得べく、已に四海に号令するを得ば再天日の墜ちむとするを回らし、天下をして平氏の天下たらしむるも敢て難事にあらず。
平氏が胸中の成竹は実にかくの如くなりし也。しかも、機急なるに及ンで法皇は竊に平氏を去り山門に上りて源軍の中に投じ給ひぬ。百事、悉、齟齬す、平氏は遂に主上を擁して天涯に走れり。翠華は、揺々として西に向ひ、霓旌は飜々として悲風に動く、嗚呼、「昨日は東関の下に轡をな
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