に応ぜむには、先、近畿の禍害を掃蕩するの急務なるを信じたるが為めのみ。而して彼は、此一挙が平氏政府の命運を繋ぎたる一縷の糸を切断せしを知らざる也。彼が此破天荒の痛撃は、久しく平氏が頭上の瘤視したる南都北嶺をして、遂に全く屏息し去るの止むを得ざるに至らしめたりと雖も、平氏は之が為に更に大なる僧徒の反抗を喚起したり。啻に僧徒の反抗を招きたるのみならず、又実に醇篤なる信仰を有したる天下の蒼生をして、仏敵を以て平氏を呼ばしむるに至りたりき。形勢、既にかくの如し。自ら蜂巣を破れる入道相国と雖も、焉ぞ奔命に疲れざるを得むや。時人謡ひて曰く「咲きつゞく花の都をふりすてて、風ふく原の末ぞあやふき」と、然り真に「風ふく原の末ぞ」あやふかりき。平氏は、福原の遷都を、掉尾の飛躍として、治承より養和に、養和より寿永に、寿永より元暦に、天暦より文治に、円石を万仞の峰頭より転ずるが如く、刻々亡滅の深淵に向つて走りたりき。
将門、将を出すと云へるが如く、我木曾義仲も亦、将門の出なりき。彼は六条判官源為義の孫、帯刀先生義賢の次子、木曾の山間に人となれるを以て、時人称して木曾冠者と云ひぬ。久寿二年二月、義賢の悪源太義
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