と、完く両立する能はざるアンチポヂスに立つに至りぬ。かくの如くにして社会の最も健全なる部分が、漸に平氏政府の外に集りたる、幾多の智勇弁力の徒が既に、平氏政府の敵となれる、而して平氏政府に於ける、位爵と実力とが将に反比例せむとするの滑稽を生じたる、亦宜ならずとせむや。此時にして、高材逸足の士、其手腕を振はむとする、明君の知己に遇ふ、或は可也。賢相の知遇を蒙る、亦或は可也。然れ共、若し遇ふ能はずンば、彼等は千里の駿足を以て、彼等の轗軻に泣き、彼等の不遇に歎じ、拘文死法の中に宛転しつゝ、空しく槽櫪の下に朽死せざる可からず。夫、呑舟の大魚は小流に遊ばず。「男児志願是功名」の壮志を負へる彼等にして無意義なる繩墨の下に其自由の余地を束縛せられむとす。是豈彼等の堪ふる所ならむや。
是に於て、彼等の或者が、「衆人皆酔我独醒」を哂ひて佯狂の酒徒となれるが如き、彼等の或者が麦秀の悲歌を哀吟して風月三昧の詩僧となれるが如き、はた、彼等の或者が、満腔の壮心と痛恨とを抱き去つて南都北嶺の円頂賊に投ぜしが如き、素より亦怪しむに足らざる也。加ふるに彼等僧兵の群中には幾多、市井の悪少あり、幾多山林の狡賊あり、而して後年明朝の詩人をして「横飛双刀乱使箭、城辺野艸人血塗」と歌はしめたる、幾多、慓悍なる日本沿海の海賊あり。是等の豪猾が、所謂堂衆なる名の下に、白昼剣戟を横へて天下に横行したる、彼等の勢力にして恐るべきや知るべきのみ。想ひ見よ、幾千の山法師が、日吉権現の神輿を擁して、大法鼓をならし、大法螺を吹き、大法幢を飜し、咄々として、禁闕にせまれるの時、堂々たる卿相の肝胆屡※[#二の字点、1−2−22]是が為に寒かりしを。狂暴狼藉眼中殆ど王法なし。彼等が横逆の前には白河天皇の英明を以てするも、「天下朕の意の如くならざるものは、山法師と双六の采と鴨川の水とのみ」と浩歎し給はざるを得ざりしにあらずや。
然れ共、彼等の恐るべきは是に止らざる也。彼等は、彼等の兵力以外に、更に更に熱烈なる、火の如き信仰を有したりき。彼等は上、王侯を知らず、傍、牧伯を恐れず、彼等は僅に唯仏恩の慈雨の如くなるを解するのみ。然り、彼等は、より剛勇なるサラセンの健児也。苟も、仏法に反かむとするものは、其摂関たると、弓馬の家たると、はた、万乗の尊たるとを問はず、悉く彼等の死敵のみ。既に彼等の死敵たり、彼等は何時にても、十万横磨の剣を駆つて
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