起居振舞の無骨さ、物云ひたる言葉つきの片口なる事限りなし」と嘲侮したり。葡萄美酒夜光杯、珊瑚の鞭を揮つて青草をふみしキヤバリオルの眼よりして、此木曾山間のラウンドヘツドを見る、彼等が義仲を「袖のかゝり、指貫のりんに至るまでかたくななることかぎりなし」と罵りたる、寧ろ当然の事のみ。しかも彼は誠に野性の心を有したりき。彼は常に自ら顧て疚しき所あらざりき。彼は自ら甘ぜむが為には如何なる事をも忌避するものにはあらざりき。彼は不臣の暴行を敢てしたり。然れども、彼が自我の流露に任せて得むと欲するを得、為さむと欲するを為せる、公々然として其間何等の粉黛の存するを許さざりき。彼は小児の心を持てる大人也。怒れば叫び、悲めば泣く、彼は実に善を知らざると共に悪をも亦知らざりし也。然り彼は飽く迄も木曾山間の野人也。同時に当代の道義を超越したる唯一個の巨人也。
猫間黄門の彼を訪ふや、彼左右を顧て「猫は人に対面するか」と尋ねたりき。彼は鼓判官知康の院宣を持して来れるに問ひて「わどのを鼓判官と云ふは、万の人に打たれたうたか、張られたうたか」と云ひたりき。彼の牛車に乗ずるや、「いかで車ならむからに、何条素通りをばすべき」とて車の後より下りたりき。何ぞ其無邪気にして児戯に類するや。彼は「田舎合子の、きはめて大に、くぼかりけるに飯うづたかくよそひて、御菜三種して平茸の汁にて」猫間黄門にすゝめたり。而して黄門の之を食せざるを見るや、「猫殿は小食にておはすよ、聞ゆる猫おろしし給ひたり、掻き給へ/\や」と叫びたりき。何ぞ其頑童の号叫するが如くなる。
かくの如く彼の一言一動は悉、無作法也。而して彼は是が為に、天下の嘲罵を蒙りたり。然りと雖も、彼は唯、直情径行、行雲の如く流水の如く欲するがまゝに動けるのみ。其間、慕ふべき情熱あり、掩ふ可からざる真率あり。換言すれば彼は唯、当代のキヤバリオルが、其玉杯緑酒と共に重じたる無意味なる礼儀三千を縦横に、蹂躙し去りたるに過ぎざる也。彼は荒くれ男なれ共あどけなき優しき荒くれ男なりき。彼は所詮野性の児也。区々たる繩墨、彼に於て何するものぞ。彼は自由の寵児也。彼は情熱の愛児也。而して彼は革命の健児也。彼は、群雄を駕御し長策をふるつて天下を治むるの隆準公にあらず。敵軍を叱※[#「口+它」、第3水準1−14−88]し、隻剣をかざして堅陣を突破するの重瞳将軍也。彼は国家経綸の大綱を提
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