げ、蒼生をして衆星の北斗に拱ふが如くならしむるカブールが大略あるにあらず。辣快、雄敏、鬻拳の兵諫を敢てして顧みざる、石火の如きマヂニーの侠骨あるのみ。彼は寿永革命の大勢より生れ、其大勢を鼓吹したり。あらず其大勢に乗じたり。彼は革命の鼓舞者にあらず、革命の先動者也。彼の粟津に敗死するや、年僅に三十一歳。而して其天下に馳鶩したるは木曾の挙兵より粟津の亡滅に至る、誠に四年の短日月のみ。彼の社会的生命はかくの如く短少也。しかも彼は其炎々たる革命的精神と不屈不絆の野快とを以て、個性の自由を求め、新時代の光明を求め、人生に与ふるに新なる意義と新なる光栄とを以てしたり。彼の一生は失敗の一生也。彼の歴史は蹉跌の歴史也。彼の一代は薄幸の一代也。然れども彼の生涯は男らしき生涯也[#「男らしき生涯也」に傍点]。
彼の一生は短かけれども彼の教訓は長かりき。彼の燃したる革命の聖壇の霊火は煌々として消ゆることなけむ。彼の鳴らしたる革命の角笛の響は嚠々として止むことなけむ。彼逝くと雖も彼逝かず。彼が革命の健児たるの真骨頭は、千載の後猶残れる也。かくして粟津原頭の窮死、何の憾む所ぞ。春風秋雨七百歳、今や、聖朝の徳沢一代に光被し、新興の気運隆々として虹霓の如く、昇平の気象将に天地に満ちむとす。蒼生鼓腹して治を楽む、また一の義仲をして革命の暁鐘をならさしむるの機なきは、昭代の幸也。
[#地から2字上げ](明治四十三年二月)



底本:「現代日本文学大系43芥川龍之介集」筑摩書房
   1968(昭和43)年8月25日初版第1刷発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
1999年1月30日公開
2004年2月26日修正
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