せしめたる、直情径行の驕児としての入道相国を見たり。権勢摂※[#「竹かんむり/(「碌」の「石」に代えて「金」)」、第3水準1−89−79]の家を凌ぎ、一門悉、青紫に列るの横暴を恣にせる平氏の中心的人物としての入道相国を見たり。狂悖暴戻、余りに其家門の栄達を図るに急にして彼等が荘園を奪つて毫も意とせざりし、より大胆なるシーザーとしての入道相国を見たり。是豈彼等の能く忍ぶ所ならむや。
彼等が平氏に対して燃ゆるが如き反感を抱き、平氏政府を寸断すべき、危険なる反抗的精神をして、霧の如く当時の宮廷に漲らしめたる、寧ろ当然の事となさざるを得ず。かくの如くにして革命の熱血は沸々として、幾多長袖のカシアスが脈管に潮し来れり。是平氏が其運命の分水嶺より、歩一歩を衰亡に向つて下せるものにあらずや。
しかも平氏は独り、公卿の反抗を招きたるのみならず、王荊公に髣髴たる学究的政治家、信西入道が、袞竜の御衣に隠れたる黒衣の宰相として、屡※[#二の字点、1−2−22]謀を帷幄の中にめぐらししより以来、寒微の出を以て朝栄を誇としたる院の近臣も亦、平氏に対する恐るべき勁敵なりき。彼等は素より所謂北面の下臈にすぎずと雖も、猶竜顔に咫尺して、日月の恩光に浴し、一旦簡抜を辱うすれば、下北面より上北面に移り、上北面より殿上に進み、遂には親しく、廟堂の大権をも左右するに至る。かくの如き北面の位置が、自ら大胆にして、しかも、野心ある才人を糾合したるは、蓋又自然の数也。而して此梁山泊に集れる十の智多星、百の霹靂火が平氏の跋扈を憎み、入道相国の専横を怒り、手に唾して一挙、紅幟の賊を仆さむと試みたる、亦彼等が位置に、頗る似合たる事と云はざるべからず。しかも彼等は近く、平治乱に於て、源左馬頭の梟雄を以てするも、猶彼等の前には、敗滅の恥を蒙らざる可からざるを見たり。七世刀戟の業を継げる、源氏の長者を以てするも、亦斯くの如し。平門の小冠者を誅するは目前にありとは、彼等が、竊に恃める所なりき。名義上の勢力に於ても、外戚たる平氏に劣らず、事実上の勢力に於ても荘園三十余州に及ぶ平氏に多く遜らざる彼等にして、かくの如き自信を有す。彼等が成功を万一に僥倖して、剣を按じて革命の風雲を飛ばさむと試みたる、元より是、必然の事のみ。試に思へ、西光法師が、平氏追討の流言あるを聞いて、白眼瞋声、「天に口なし人を以て云はしむるのみ」と慷慨したる当
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