りで急に椅子《いす》の上へ弾機《バネ》がはずれたように腰を下した。そうして、すでに開かれていたチョイス・リイダアの傍《かたわら》へ、出席簿をひろげて眺め出した。この唐突たる挨拶の終り方が、いかに自分たちを失望させたか、と云うよりもむしろ、失望を通り越して、いかに自分たちを滑稽に感じさせたか、それは恐らく云う必要もない事であろう。
しかし幸いにして先生は、自分たちが笑を洩《もら》すのに先立って、あの家畜のような眼を出席簿から挙げたと思うと、たちまち自分たちの級の一人を「さん」づけにして指名した。勿論すぐに席を離れて、訳読して見ろと云う相図《あいず》である。そこでその生徒は立ち上って、ロビンソン・クルウソオか何かの一節を、東京の中学生に特有な、気の利《き》いた調子で訳読した。それをまた毛利先生は、時々紫の襟飾《ネクタイ》へ手をやりながら、誤訳は元より些細《ささい》な発音の相違まで、一々丁寧に直して行く。発音は妙に気取った所があるが、大体正確で、明瞭で、先生自身もこの方面が特に内心得意らしい。
が、その生徒が席に復して、先生がそこを訳読し始めると、再び自分たちの間には、そこここから失笑の
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