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就任の当日|毛利《もうり》先生が、その服装と学力とによって、自分たちに起させた侮蔑《ぶべつ》の情は、丹波《たんば》先生のあの失策(?)があって以来、いよいよ級全体に盛《さか》んになった。すると、また、それから一週間とたたないある朝の事である。その日は前夜から雪が降りつづけて、窓の外にさし出ている雨天体操場の屋根などは、一面にもう瓦の色が見えなくなってしまったが、それでも教室の中にはストオヴが、赤々《あかあか》と石炭の火を燃え立たせて、窓|硝子《ガラス》につもる雪さえ、うす青い反射の光を漂わす暇《ひま》もなく、溶《と》けて行った。そのストオヴの前に椅子を据えながら、毛利先生は例の通り、金切声《かなきりごえ》をふりしぼって、熱心にチョイス・リイダアの中にあるサアム・オヴ・ライフを教えていたが、勿論誰も真面目《まじめ》になって、耳を傾けている生徒はない。ない所か、自分の隣にいる、ある柔道の選手の如きは、読本《とくほん》の下へ武侠世界《ぶきょうせかい》をひろげて、さっきから押川春浪《おしかわしゅんろう》の冒険小説を読んでいる。
それ
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