芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)殆《ほとん》ど
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 夢の中に色彩を見るのは神経の疲れてゐる証拠であると云ふ。が、僕は子供の時からずつと色彩のある夢を見てゐる。いや、色彩のない夢などと云ふものはあることも殆《ほとん》ど信ぜられない。現に僕はこの間も夢の中の海水浴場に詩人のH・K君とめぐり合つた。H・K君は麦藁帽をかぶり、美しい紺色のマントを着てゐた。僕はその色に感心したから、「何色ですか?」と尋ねて見た。すると詩人は砂を見たまま、極めて無造作に返事をした。――「これですか? これは札幌色ですよ。」
 それから又夢の中には嗅覚は決して現れないと云ふ。しかし僕は夢の中にゴムか何か燃やしてゐるらしい悪臭を感じたのを覚えてゐる。それは何でも川の見える、日の暮らしい場末の町を歩いてゐる時の出来事だつた。その又川にはどう云ふ訳か、材木のやうに大きい鰐《わに》が何匹も泳いでゐたものである。僕はこの町を歩きながら、「ははあ、これはスウエズの運河の入り口だな」などと考へてゐた。(尤《もつと》も嗅覚のある夢を見たのは前後を通じてこの時だけである。)
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