た。
「先生、この下宿へはいる路には細い石が何本も敷いてあるでしょう?」
「うん。……」
「あれは胞衣塚《えなづか》ですね。」
「胞衣塚?」
「ええ、胞衣《えな》を埋めた標《しるし》に立てる石ですね。」
「どうして?」
「ちゃんと字のあるのも見えますもの。」
彼女は肩越しにわたしを眺め、ちらりと冷笑に近い表情を示した。
「誰でも胞衣をかぶって生まれて来るんですね?」
「つまらないことを言っている。」
「だって胞衣をかぶって生まれて来ると思うと、……」
「?……」
「犬の子のような気もしますものね。」
わたしはまた彼女を前に進まないブラッシュを動かし出した。進まない?――しかしそれは必ずしも気乗りのしないと云う訣《わけ》ではなかった。わたしはいつも彼女の中に何か荒あらしい表現を求めているものを感じていた。が、この何かを表現することはわたしの力量には及ばなかった。のみならず表現することを避けたい気もちも動いていた。それはあるいは油画の具やブラッシュを使って表現することを避けたい気もちかも知れなかった。では何を使うかと言えば、――わたしはブラッシュを動かしながら、時々どこかの博物館にあっ
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